#46 "パーティー"という物語-社交ダンス教師という仕事3

社交ダンス。
 
この世界には、
パーティーがあふれています。


  クリスマスパーティー、サマーパーティー、新春パーティー、
  スタジオ開設10周年パーティー、スタジオオープン記念パーティー、
  教師生活30周年パーティー、渡英記念パーティー、チャリティーパーティー・・・
 

パーティーだらけ。

  舞踏会。
 
こう言い直すと、
響きが違ってきて、
ちょっと昔風で、
ちょっとハイソな印象になりますね。


多くの場合が、
ホテルの1室を借りて、
そこで開催されます。

半日の賃料で
10万円から20万円くらいなんでしょうか。
 

天井が高くて、
キラキラしたシャンデリアがいくつもあって、
じゅうたんが敷き詰められていて、
重厚な扉に仕切られていて、
300人が入っても十分ゆとりがある広さで・・・
 
そんな会場で、
パーティーは開かれるようです。

 
公民館とか区民センターとか、
割安な会場でも開かれるけど、
いわゆる「社交ダンスのパーティー」というのは、
やっぱり、

     ・・・自動ドアを通ると、ホテルのフロントの人が
       "いらっしゃいませ"と出迎えてくれて、
       靴音が吸収されるじゅうたんの上をもこもこと歩いて、
       着飾った主催教室の先生が、

       "いらっしゃいませ、こんばんわ"

       と、チケットを受け取って案内してくれる。

       そして、大きな扉をくぐって、
       ダンス音楽の響く空間に足を踏み入れる・・・


そんなイメージでしょう。


パーティーの意味について、
少し考えてみたいと思います。

 
何を取っ掛かりに考えるかというと、
ひとまず、

"目的"

が良さそうです。

 
パーティーの目的は、
2つのレベルに分けられると思います。


      ①来る目的(ゲスト目線)
      ②開く目的(ホスト目線)

 
この2つでしょうか。
 

まず①について。
 
      来る人は、何を求めて来るんでしょうか。
 
 
ダンスタイムで踊ること。

プロのデモンストレーションを見ること。

おいしい料理を食べること。

"お上品な"空間に身を置いて

その空間を構成する一員になること。

友達がデモンストレーションを踊るのを見ること。

「パリッとしたクロスの敷かれた円卓に座り、
ホテルの従業員にサーブしてもらい、
曲が鳴るごとにダンサーから
ダンスのお誘いを受ける」
という一連の儀式に没入すること。
 
担当の先生と、
いつもとは違う空間で踊ること。
 
担当の先生のデモンストレーションを見ること。
 
自分がデモンストレーションを踊ること。

 
重なっているのもあるけど、
いろいろ考えられそうです。

 
あと、
これらのような積極的な理由とは別に、


お付き合いで。
あんまり行きたくないけど、
先生から"どうしても"と頼まれて。

 
という消極的な理由もありそうです。


どれもそれらしい理由だけど、
表層的。

 
ぼくが思うのは、


    「ダンスが踊られている場所に行きたい」
    
    という気持ちというか欲のようなもの。


これが、パーティーに来るための
ドライバーになっていると思っています。

 
ダンスをしたいとは言っても、
誰もいない所で踊りたいと思っている人は
いないはずです。
 

"恥ずかしい"、
"人前に出れるレベルじゃない"、


表向きにはそう言う人も、

"上手だと思われたい"、
"素敵だと言われたい"

といった、
承認を求める欲求は必ずあるはず。 


見る人がいて、踊る人もいる。
観客でもあり、出演者でもある。
 

パーティーでは、
この両方を簡単に行き来できると思います。


自信があれば演じる側に立てるし、
自信が無くなれば観る側に戻ることも出来る。
 
それが、パーティーに求められる機能だろうし、
来る人が求める要素なんだと思っています。


      自分が踊っていない時は、
      観客として安心して料理を食べたり
      お酒を楽しんだり出来る。
 
      自分が踊っている時には、
      演者として高揚して外に表現することが出来る。


この

      "行ったり来たり感"、

というか、

自分が"何者であるか"を、

スイッチ1つで切り替えることが出来る。

そんな機能が、
パーティーにはあると考えています。


野球で言えば、
攻守交替。
 

自分のチームが攻撃の回では、
ネクストバッターズサークルで出番を待ち、
"打つ人"、"点を取る人"になる。
 
守備の回では、グラウンドに散らばり、
"守る人"、"点を取らせない人"になる。

 
自分の役割がただ1つに固定されないで、
対立する二項の間を行ったり来たり出来ること。

それは、人生において
とても大切なことだと思います。
 

二項に限らず、
関連する複数項の間を行き来することは、
自分が持つ"顔"を増やすことだし、
それだけ多くの世界に触れることが出来るということ。


パーティーにやって来る人には、
そういう空間に居たい、
空間を満たす空気に溶け込みたい、
そんな思いが根底にあるはず。

 
そして、

日常とは違う環境に身を置き、
社交ダンスという、日常にはないことをし、
その中でさらに

"観る者"、"演じる者"という役割のチェンジを経験する。
 
 
そういう意味で、

「友達のデモが見たい」とか、
「担当の先生のデモが見たい」という気持ちは、
だんだんと後景に退いていくのかもしれないですね。

根源的というよりも
2次的なドライバーになるようです。


思い付きですが、


        なぜ、お客さんはパーティーに来てくれるのか?


を考えてみることは、
大切な作業だと思います。


ただ、

       「踊りたいからでしょ?」とか、
        「イベントだからでしょ?」

という理由付けで
理解したということにしたくないと思っています。


パーティーという物語が、
参加者によってどのように語られるのか。
 

今回は、自分が考えた、
一般的な語られ方を書いてみたつもりです。
 

②のパーティーを開く目的については、
また違う時に考えたいと思います。

 今回はこの辺でzzz

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