#69 社交ダンスと"自分が今やっていることを自覚する"ということ


いつもの帰り道。

星の光と街灯と、時々通る車のライト。

暗くなった住宅街の仲通を、

自転車ですいすいと帰る。


夜の10時過ぎ。

明るい所もあるけれど、

暗い所が圧倒的に多い。

 

ふと気付く。

 

子どもの時よりも暗闇が怖くなくなった。

 

周囲に目に見えない黒い部分が増えると、

そこに異界のもの、

人外のものを見出して怖くなっていた子ども時代。

 

暗闇に対する恐れを克服したと喜ぶべきか、

見えないものに対する想像力を喪失したと悲しむべきか。


そんなことを思いながら家路を行きます。


自分がこの社交ダンスの世界で何をしているのか。

 

何をやろうとしているのか。

何を目指して何になろうとしているのか。


そんなことを常に自分に問います。


それぞれの人が、それぞれの場所で、同じように自問する。

それが、"ビジョンを描く"ということでしょう。


それにしても、

「何でそんなことしてるの?」

と自問しても答えが出ない事の方が多いです。


自分で聞いても答えられないんだから、

人に聞かれたらもっと答えられません。


例えば、


何でこういう髪型にしてるのかとか、

何でこういうメガネを選んだのかとか。

 

考えれば、

後付けのそれらしい理由は出てきそうだけど。


昔見たTVのプログラムを思い出しました。


肩で風を切ってのしのしと歩く人

(たいがいが見た目の怖いその筋の方々)に、


「何でそんな歩き方してるんですか?」とインタヴューするという、

それはそれは恐ろしい番組。


インタヴュアーは、たぶんADの人。


「あん?何だお前?!」


という予想通りの対応で、

テレビ越しとはいえ中々の迫力だった。

 

インタヴューされたその筋の人は、


「強そうに見えるから。」

「やくざ"らしく"振舞おうとするとこういう歩き方になるから。」


と、


自分の歩き方の理由を自覚していたのかもしれないし、

していなかったかもしれません。


命知らずな企画だし、

そんな質問を本人にする時点でとても失礼な番組だと思いました。


けど、気付いた事もありました。

 

それは、


"自分がしている事の理由やメカニズムを

自分が一番分かっているというのは嘘かもしれない"


ということ。

 

自分が為す行為全てに対して、

「自分はこういう意図で今行動している。」と明確に、

いちいち自覚して、

誰かに説明できる人はいないんじゃないか、

ということ。


そういう可能性もあるということに気付いた。

 

***************************

 だとしたら、人は何を根拠に行動しているんだろうか?

*************************** 


もちろん、

自分が「〇〇のために、今これをやっている!」

という部分は確実にある。


でもそれが全てではない。

 

だとしたら、


動機を自覚できていないで行っている行為っていうのは、

何に駆動されているんだろうか。

ドライバーは何なんだろうか。


そんなことを思います。

 

生きている以上、

"何も行動しない"という人は存在しません。


起きて寝るだけでも、

「起きる」という行動や「寝る」という行動を、

能動的にしています。


行動している以上、

そこには何かの意思があるはずだと考えるのが常道だと思うけど、


もしかしたら、


何の意思もなく行われている行動もあるのかもしれません。


人間の全ての行動に、


何らかの意思(意識・無意識に関係なく)を求めようとする態度自体、

間違いなのかもしれません。


よく分かりません。

 

ひとまず、


人間の行動には、

自分の意識の届く範囲と届かない範囲があるらしいという所で

思考を保留しておきます。

 

自分が何をしているのか、

何の中で今この行動をしているのか。

 

そういうことを自覚して

誰かに説明する事が出来る人はいるんだろうか。

 

例えば。


何でいつもその道通ってるの?

何を求めてその本を買ったの?

何でいつもそのコンビニばっかり行くの?

何でそのメーカーのヨーグルトばっかり食べるの?

雨降ってるのに何で傘ささないの?

明日休みじゃないのに、何でそんなに遅くまで飲んでるの?

何で朝8時じゃなくて8時10分に起きるの? 

何で他の事をする時は右利きなのに歯磨きの時だけ左利きなの?

何でレッスンが無い時の空き時間は、

いつもその場所でそんな動きをしてるの?・・・


近いから、おいしいから、めんどくさいから。

 

そんな応答ができそうだけど、


"なんとなく"


で応えることがほとんどだと思います。


たぶん何らかの理由はあるんだろうけど、

自分にも良く分からなくて、

明確な答えを見つけようとすると、

いろいろめんどくさいことになりそうだから、

ひとまず、


"なんとなく"


という言葉で説明する。

説明したことにする。


そんな感じで受け答えすることが案外に多いと思います。


日常の中で優先度の低そうな事程、

"なんとなく"で説明する事が多い気がします。


その行為が習慣化するまでは、

明確な意図があったのかもしれません。


ただ、

その意図を忘れてしまっただけなのかもしれません。


それとも、

その行為を始めた最初の時から、

なぜそうするのかを自覚していないまま続けて、

習慣として定着したのかもしれません。



その行動の理由が深遠な意味を含んでいる事を直感していて、

それにたどり着く労力を想像して、


「そこまでやりたくないなー」


となった気持ちが


"なんとなく"という便利な言葉になって外に表れた場合。


もしくは、


その行動の理由に何の心当たりもなくて、

海の物とも山の物とも分からないために、

覗くのが恐ろしくて、

意識的にこれ以上の思考を止めるという意思表示として


"なんとなく"


という言葉になった場合。


 

"なんとなく"


という言葉に結晶した背景として、

そんな場合分けが出来そうです。


自分がこの社交ダンスの世界でやっていること。

やろうとしていること。

 

そんなことを自覚して、

ドライバーに変換して、

具体的な行動として現象させる。

 

こういう時には、

自分の行動の根拠がはっきりしている。

 

"なんとなく"という表現の出る幕はなさそうです。


出るとまずい。かな。

目的意識がぶれているということだから。

 

それ以外の部分。

目的意識がはっきりしていない部分。

そういう時の行動の源って・・・


"運命"、"本能"、"反射的に"、"なんとなく"、"衝動的に"、"無意識に"・・・


それを言い表す便利な言葉は、いくつもありますね。

 

でも、その言葉の中身は暗闇、ブラックボックス。

 

何も分からない。

何かがあるかもしれないし無いかもしれない。

 

でも、


闇に目を凝らして、

子どもの頃よりは衰えたであろう想像力を駆使して

何かを見出そうとする姿勢は、

これからもずっと無くさないで持っていたいと思います。

 

全然、社交ダンス関係なかったけど、

社交ダンスの仕事を通して考えたということで、

少しは関係あるということにしてください・・・


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://ainoue.net/mt/mt-tb.cgi/69

コメントする

ウェブページ

アーカイブ

アイテム

  • P1040776.JPG
  • P1040630.JPG
  • P1040774.JPG
  • books.jpeg
  • P1040062.JPG
  • P1040639.JPG
  • 51IDakozVnL._SS400_.jpg
  • 517rp-clXkL._SS500_.jpg
  • 51kMcQCOAPL._SS500_.jpg
  • P1040038.JPG

2011年4月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30