前回は、"論理"という原理が支配的な世界というものを考えていました。
論理的な考え方が極度に肥大した世界ってどんな世界なんだろうか、と。
現在は"論理"の部分が肥大した時代だ、という指摘を何度も耳にします。
そこで、それってどういうことなんだろうか、というのを自分なりに考えているところです。
そして、それの対極にある(らしい)"情緒"というもの("感情"とか"心"と言っても良いと思います)についても、考えてみたいと。
そんな意気込みで何かを書いてみたいと思います。
今回は、"論理"の続きです。
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プロスポーツの世界(競技ダンスも含む)は、論理の世界。
「勝つ」という命題を至高の価値に戴き、それを基準に全ての行動を査定する。
練習も基礎体力作りもリハーサルも食事も友人や恋人との交際も、全てが「勝つ」ために有益でなければならない。
だから、例えば。
風邪をひいて練習ができなかった。
こんな事があった時。
「あら、かわいそうに。最近流行ってるからね~お大事にね。」
という態度よりも、
「何をやっているんだ!自己管理が甘い!練習を再開するためにも早く治しなさい!」
という態度が優先されるような世界。
自然治癒に任せて、ゆっくりと体調を整えるよりも、明日(下手したら数時間後)にでも回復させて、すぐに身体を動かせるようになることが価値あることとされる世界。
だから、病院に行って即効性のある薬を処方してもらうとか、効きそうな栄養ドリンクを飲むとか、サプリメントを飲むとかいった発想になっていく。
それがプロスポーツの世界。
とても厳しい世界。
自分に対してもそういう査定の目が向くし、社交ダンスの場合、2人でやるものだから、
自分は元気でも、相手が体調を崩して練習がしばらくできなかった場合には、査定の目が相手に向けられる。
「かわいそうに。お大事にね。」
よりも、
「全くもう。体調管理ができてないなんてプロとして失格だな。」
という評価が優先される。
さらには、
「そんな身体の弱い相手だったら、いっそのことカップル解消したら?もっと健康で丈夫な相手と組んだ方が良いよ。」
というアドバイスも成り立つことになる。
とても厳しい世界。
人間が、パフォーマンスのための道具に成り下がっているような感覚。
人間である前に、グッドなパフォーマンスをすることが優先されるような価値観。
自分やパートナーが病気になる以外にも、自分やパートナーの身内に不幸があった時、身内でなくてもお世話になった人に不幸があった時。
「勝ち」を最優先する思考なら、そんな時でも「勝つ」ためには練習しないといけないという思考になって、お葬式やお通夜に出ないでいつもどおり練習する、という態度が成り立つことになる。
そういう態度が美徳として称えられるような世界。
それが、プロスポーツの世界。
プロスポーツの世界に身を置く人の中には、そういうストイックな部分を好んでいる人もいるかもしれない。
高熱を出しながらも、それを表に出さずに、グッドなパフォーマンスによって観客を沸かせ、コンペで勝利を収める。
身内に不幸があったのに、故人を弔う儀式に参加せずに舞台を優先し、迫真の演技で興行を成功させる。
そんな物語を夢見る人もいるかもしれない。
でも、自分はどうか。
以前は、そういうストイックさに憧れて、実際に生きようとしていたときもあった。
プロなんだぞ!お金もらってるんだぞ!応援してもらってるんだぞ!
そういった、内外からの声で自分をビシビシと鞭打ち、一心不乱に走った時。
自分に対してだけでなく、時にはパートナーにもそんなことを言ったり言われたり。
けど。
今は、あんまりそうは思えない。
精神や健康を傷付けてまでやろうとは思わない。
やりたいとは思わない。
そういう厳しさを覚悟して踏み入った世界とはいえ、実際に身をもって経験してみると、そうは思えなくなった。
この世界を相対化して見てしまったためだろうか。
コンペに出る以上は、勝ちたいとは思う。
人前で踊る以上は、グッドなパフォーマンスを披露したいとも思う。
でも、「負けたら切腹する」「失敗したらクビくくる」とか、そんな気持ちではやりたくない。
勝ちたいとも思うけど、精神や身体に無理をかけたくない。
こう思うのって、そんなに悪いことだろうか。
プロのくせに中途半端だ、と一喝されるような意見なんだろうか。
議論の余地のない態度なんだろうか。
ただの軟弱者の弱音なんだろうか。
仮にそうだとしても、自分はここから発想を始めたいと思う。
「精神や身体に無理をかけず、楽しみながら、競技会で勝つためにはどうすれば良いか。」
こんな問いを立ち上げたい。
だから、これに答えるにはどう考えて作戦を練っていけば良いか。
そんな思考の展開になっていく。
踊る前に、自分の人生を生きたい。
人生の中で踊りたい。
踊りの中で人生を送りたくない。
そんな心境です。
「プロの世界は厳しい」。
世間ではそう言われています。
本当に厳しいのか?
厳しいなら、実際にどう厳しいんだ?
そういった、どういう所が厳しいのか、どういう所が厳しくないのか、そんなことを自分の頭で考える必要があると思います。
ちなみに、プロの世界がなぜ厳しいかということに対しては、自分なりには「勝つことを続けないといけないからだ」と思っています。
その時の勝負の勝ち負けは、すぐに忘れられて、次の大会ではそれを上回る成績を求められる世界。
だから、現役時代は勝ち続けなければならない。
それを継続しなければならない。
その辺が厳しいと思っています。
前回と今回は、"論理"というものの世界の具体例を見ていきました。
次回からは、"論理"と"情緒"の関係なんかについて、最近読んだ本をヒントに何かを考えたいと思います。
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