前回はトリックスターについてでした。
人類学の分野では、秩序に風穴を空ける者、という意味で使われているそうです。
ある1つの価値観が支配する空間において、
そこで生まれる緊張感を和らげる役割。
こういう役割を担う者、とでも言えるでしょうか。
小さな集団内で、
「そういうものだ。そうすることになっているんだ。」
という暗黙の取り決めごと、圧力に抗して、
「そんなの別に良いでしょ。こういうのもアリでしょ。」
という立場をとれる人のこと。
全体の空気に抗って、そういう態度を表明できる勇気のある人。
ぼくは、トリックスターのことをそういう存在だと理解しました。
内田樹さんによれば、
『男はつらいよ』シリーズの寅さんがそういう存在のようです。
大多数の意見に粛々と与する空気、
既存のレールを走る列車に乗り遅れまいと、我先に先を急がせる空気。
そういうものを笑い飛ばし、相対化し、
レールに戻るにしても、以前とは違う心持ちにさせてくれるもの。
周囲に、そういう効果をもたらしてくれるようです。
そこで1つ、思い出したことが。
小学校時代、友達何人かで映画を見に行った時のことです。
ドラゴンボール。
確か、フリーザのお兄さんのクウラという人(?)が出ていたと思います。
始まってすぐにノイズ、砂嵐が。
ぼくは、たしか、4人か5人の友達と連れ立って来ていたのですが、
ざわついた館内で、「なんやねん!やり直せ!」みたいなことを思ったし、
実際に口にしたとも思います。
他の友達と一緒に。
しかし、友達の1人は意外なことを言いました。
みんな騒ぎすぎやねん。
次の回のお客さんにずれ込んでまうやん。
そんなこと。
ぼそっと言いました。
おそらく館内にいたお客さんと、
少なくともぼくとは全く逆のことを言いました。
たぶん彼の隣にいたぼくにしか届いていなかったんじゃないでしょうか。
それぐらいぼそっとした声でした。
その時のぼくは、
「何言ってんねん、この子・・・」
みたいな感想を抱いたように記憶しています。
そのときは思えませんでしたが、
すごいな、この人。
と、今は思います。
子どもらしくないというか。
子供とは言え、何を言えば仲間内で受けるか、受けないか、
ということを知っているはずなのに。
こういう人も、トリックスターと呼べるんじゃないでしょうか。
単純に、すごいなーと。
そう思います。
居心地の悪さ、居場所のなさを感じているということは、
その集団に同化していないということ。
それはトリックスターの素質があるということ。
そんなふうに思います。
今回はこの辺でzzz
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